タテガキ

4​三沢青佳(「地に落ちて死なずば」)

2026/07/21 10:54 公開

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力など望まで弱く美しく生れしまゝの男にてあれ (岡本かの子『かろきねたみ』)



■評
 おそらく母が幼い息子に語りかける歌ではないかと思われます。
 いわゆる男性的な美徳の第一として挙げられる強さや力などいらない、生まれたそのままの姿がいとおしい。
 理由があるから愛しているのではない。愛しているからそこにいてほしいだけなのだ、と。

 人が誰かに愛されたいと願うとき、少なからずそこに「己の存在を肯定してほしい」という欲求を含む場合があると思います。
 「自分という存在に付与された属性とは一切関係なく、ここにいるあるがままの自分のすべてを認めてくれ」と。
 そしてそれは、基本的には人間には不可能な愛し方です。神や仏が人に向ける類の愛です。人の言葉で言う愛とは違う何かのように私には思われます。
 例外があるならば、ここで歌われるような母から子に対する愛が、ぎりぎりそれに近い感情になるでしょうか。

 「ぼく」は誰かに全力で愛され、肯定されることを心の底で願っていますが、それが通常ではありえないこともよく知っています。知っているので、青佳さんの突然の変容と理由の見えない好意を恐れている。そしてだからこそ、彼女がサンテネリにおけるブラウネ妃であり、自分がグロワス十三世であることを知って怒りを覚えます。愛されているのも認められているのも自分ではない、と考えたから。
 しかし誤算だったのは、青佳さんも他の三人も、そんなことはとっくに消化済みだったということです。
 青佳さんはブラウネ妃であり、その記憶があってこその今の彼女ですが、だからと言って青佳さんのこれまでの人生が消えてなくなるわけではない。彼女は彼女です。そしてそれは「ぼく」についても同様です。
 そして、そうしたすべてを飲み込んでここにいる「三沢青佳」は、「ぼく」という存在そのものを愛している。社長の持つ財産や社会的地位、能力、人格、その他について思慮を巡らせることがあっても、それは一人の男と、一人の女として生きるための現実的な作業に過ぎず、愛の理由ではありません。
 いや怖いよ。とんだ納涼ホラーだよ。

 「サンテネリのことはサンテネリのこととして、それとは別に、『今の自分』は『今の社長』を愛している」という自覚は四妃全員がお持ちなわけですが、愛と恋の比率を考えたとき、一番愛が勝っているのが青佳さんのように思えます。率直に申し上げて重い。しかも湿度が高い。しかしほかの三人がそれより軽いわけでは一切無いあたり、種類の違う深みを覗いてまわっている気分になりますね。
 明確な名前がつかない由理くんとの関係は、決着がつけがたいという点では泥沼ですが、感情の湿度粘度重量の点で比べればいっそ爽やかかもしれません。