タテガキ

5ぼく②(「地に落ちて死なずば」)

2026/07/28 09:59 公開

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コンビニは安心できる絶対に「ほんもの」だけは置いてないから(松木秀『5メートルほどの果てしなさ』)




■評
 『地に落ちて死なずば』という作品の特徴の一つとして、「食」についての描写の独特さが挙げられると思います。
 本条先生ご自身が「意図的に食についての描写を少なくした」と仰っていた『暗君』では、具体的な描写を伴って登場する食べ物は『葉っぱ』くらいです。ワインは……食品に含めたらあかんやつじゃないかな……。
 対して『地に落ち』では、意外なほど多くの食べ物が登場します。
 社長が昼休みに食べる竜田揚げ弁当。
 青佳さんとの銀座デートで行ったシチュー屋さん。
 由里くんと深夜のファミレスで貪り食った、たらこソースシシリー風スパゲティ。
 有楽町のフレンチレストランのフルコース。
 青佳さんのお手製の肉野菜炒めやカレー、唐揚げ。
(なお、念のため申し上げておきますがアルパカは食事に含まれません。聞いておられますか社長)
 しかし、創作物に食事シーンや食品が登場する場合、多くは肯定的な文脈で語られるものですが、この作品ではその限りではありません。

 その筆頭は有楽町のフレンチでしょう。食事としての要素を除いた、単純な会合としても胃が痛くなるような結末を迎えますが、そもそも社長はそうした「複雑な料理」への嫌悪感をはっきり表明しています。
 食べることに嫌悪を催させる「複雑な肉」を想起させることがその理由として書かれていますが、これはとても珍しい例だな、と思います。
 「複雑な肉」と食事への嫌悪を結びつける表現は類例があるかと思います。しかしそうした場合、自分がこれまで見てきた例としては「まずい/粗末/不潔=得体のしれない食い物」と紐づけるものばかりでした。しかし「高級で手がかかっている」と認識される料理への感覚としては初めて見ました。

 思うに「複雑な肉」とは、人にとっての「得体のしれない異物」の比喩の究極形なのではないでしょうか。
 かつて都市伝説に、「有名ファーストフードチェーンでは、ネズミ/ミミズ/その他正体不明の肉が使われている」という類話パターンがありました。その発展形には「『複雑な肉』を使っている」というバリエーションもあったように思います。加工の過程が完璧に規格化されたファーストフードへの、漠然とした不信感のようなものを感じる話です。しかし社長の場合、むしろ画一化されたコンビニやファミレスの食品にこそ安心感を見出しています。
 そうした前提を踏まえると、歌の中で言われている「ほんもの」も、単純ではない意味合いを含むように読めてきます。イメージ短歌として読むことで、歌本来の解釈の幅が広がる例ですね。