タテガキ

第1章 子の物語

4ボリシェール 四

2026/07/04 03:03 公開

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 大指導者ボリシェールが、この誇り高き不屈の労働者の地ノーレムリア連邦建国の過程において成し遂げた偉業は、他の全ての同志たちを遙かに圧するものであることは異論を俟たない。党と人民は大革命における我らが指導者の献身を決して忘れない。

 第一に、彼は、憎むべき富者の圧政と故なき封建遺制によって虐げられた全ての人民の父であり、兄であり、友であった。第二に、彼はこの世界をより善いものと成そうと望む全ての人民にとっての模範であった。ゆえに彼の生涯は、その幼年期から死に際に至るまで完璧に正しく精査されている。
 ボリシェリ大木の町(旧ニコビルグ)の郊外にある繊維工場の不衛生極まる共同宿舎で、忌むべき資本家の足下に奴隷の如く酷使される労働者の息子として生まれたこの男は、知恵も金も、資本寡占者が誇る財産を何一つ持たなかった。たった一つ、この世に正義の大木ボリシェールを植え付けんとする大望を除いて。
 当時の無産労働者の息子として、彼もまた過酷な搾取の元、生きのびるために必死で働いた。同時に、志を同じくする仲間たちの輪——言うまでもなく我らが「党」の祖型である——に加わり、過酷な非人道的労務の合間を縫って、抑圧と解放の歴史法則に関する理論を学んだ。そしてついに、苦学の末、一つの真理を見い出した。

 この世界は「不正」に満ちあふれているが、それは王侯貴族や金持ちの個人的な悪徳ゆえにではない(もちろん彼らの悪徳は「不正」の山脈に連なる裾野ではあるが)。それは社会の構造ゆえである。
 この世界の真の主役である我ら労働者がなぜ虐げられ、牛馬のごとく、何物も生み出さぬお偉方に奉仕せねばならぬのか。
 答えは単純である。
 人々は分断され、自らの力で作り上げた生産物をいとも容易く取り上げられる。醜悪な金持ちどもに「その織物はわしの織機が拵えたのだ。おまえなどは付属品に過ぎない」と罵られ、丸め込まれ、自身をまさに「付属品」であると思い込まされる。つまり、「人」の範疇から弾き出される。資本寡占をもくろむ者たちが行うお決まりの詐術的行為である。
 だが、人は物ではない。断じて。
 彼らこそがその手において織機を、巨大な製鉄窯を、あるいは農耕馬を操るのである。工場主や地主どもが訳知り顔で交わす狡知と猜疑に満ちた契約書の束は、この世に実体としての富を生み出すことは決してない。それを生み出すことができるのは人民の肉体、人民の精神のみである。
 ならば、果実は彼らにこそふさわしい。

 我らの大指導者ボリシェールが望んだのはつまり、人々を呼び覚ますことであった。目覚めさせることであった。
 今でも語り草となっている、あの雷鳴の如き怒声。黒くくすんだ蓬髪を振り乱し、断固たる決意を秘めて、人々を鼓舞し、駆り立てる。
 彼はこの世界の不正と不義を糾弾する告発者であり、同時にその手に銃を持ち前衛を務める戦士であった。そして彼と、彼に導かれた最初の偉大な一群である「党」こそが、中央大陸において人類がその歴史の終わりまで語り継ぐべき偉大な出来事——革命を成し遂げた。
 歴史の終わりとはつまり、世界が人民の物となることをおいて他にはない。醜悪な富者どもの汚濁が綺麗に掃除された後、我らは正当な権利の元、この世界を我が物とするだろう。それこそが歴史の終わりである。
 悪徳と不正にむしばまれた老木ノーレムリア帝国を、彼らは斧で切り倒した。誇り高き労働者の斧で。そして新たな木を植えた。ノーレムリア連邦である。

 ノーレムリア連邦は未だ孤独の若木である。
 その周囲には、悪徳の国に住まう、封建遺制と資本寡占制のくびきに繋がれた多くの人民——つまり同胞たる労働者が我らの強靱な斧を待っている。助けを求め叫んでいる。
 ゆえに我らは、同胞たちを圧搾せんと試みる悪辣な貴族ども、金持ちどもを、その根から切り倒さねばならない。奴らがはびこり栄える国家ごと。


 ◆


 大指導者ボリシェールは、かつて我らにこう告げた。
「嘆きの日には我を呼べ」と。

 これより我が国の光輝ある歴史、人民の偉大な闘争とその正義の森へ踏みださんと望む若き諸氏にとって、本書は極めて有益な指標となるだろう。
 大指導者ボリシェールの言行こそはまさに人民の模範である。そして誠に幸運なことに、諸君はかの非凡な人の言葉に本書を通して接することができる。

「嘆きの日には我を呼べ」
 我らはこうして導き手を呼ぶ。すると偉大な導き手は、完璧に精査された本書の叙述の中から諸君に答えるだろう。

 初等学校の若き同志諸君。諸君はボリシェール直々の領導により「真実」に至るのだ。


『ボリシェール伝』(初等学校版)序文・抜粋(連邦文化院編集・党出版総局認可)