タテガキ

3それは、青写真めいた(知♂わた)

2026/07/05 13:46 公開

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 天気の良い土曜日の昼下がり。島津知也はカフェのテラス席に座り、テーブルに頬杖をついて正面に座る女性を見つめていた。ハーフアップにまとめたセミロングヘア。耳元には小粒のロンドンブルートパーズのピアスが陽光の中きらりと光っている。ダスティブルーのワンピースをまとった彼女は知也の視線に対し、困ったように曖昧な笑みを向けて唇を開いた。
「……見すぎじゃないかな、そんなに面白みもないと思うのだけど」
「だって嬉しかったんですもん」
「そう?」
「ワンピース、着てきてくれるなんて思ってなくて」
 知也が笑顔と共に言えば、彼女は「ううん」と小さく何の意味もない言葉とともに視線をテーブルにやった。ついつい知也の視線から逃げるかのごとく、目の前のアイスコーヒーのグラスを手にとってストローを指先でくるりと回す。さっき来たばかりのコーヒーは全然減っていない。女社長は一口コーヒーを飲むと、冗談混じりに言った。
「まあ、その。わたしはこれでもサービス精神があるほうだから」
「あ、着てきたら僕が喜ぶの、わかってたんですね」
「これ買った時、島津くん隠す気なかったでしょう」
「ないですよ」
 さらりと言ってのける知也に、彼女はため息をついてみせた。やれやれ、と言わんばかりのポーズ。知也はここぞとばかりに彼女に笑みを向ける。
「今日も帰り、先輩の服見に行きましょうね!」
「……そんなに嬉しいの?」
「はい!」
「こんなおばさんの服見て楽しいのかあ」
 自嘲気味に笑う彼女に、知也はキョトンとした顔を作って言った。
「楽しいですよ?」
「変わってるね」
「そうかなあ」
 知也は笑って言葉を続けた。サラリと続けるにはやや重い言葉を。
「僕は先輩がおばあちゃんになっても服を選びたいし、僕のも選んで欲しいです」
「……サラッと言うよね、君。大学で女の子泣かせてない?」
「先輩にしか言ってないです」
 誤魔化すように彼女は視線を知也から逸らし、テーブルの上のメニューを手に取った。取ってつけたように「島津くん、甘い物なにか頼む?」と言う声は空々しい。その空々しさに知也は乗ってあげないのもいつものことだった。彼女の指先がメニューの上を滑っていくのを見ながら知也は口を開く。
「僕、本気ですよ先輩」
 若者の静かな声に彼女は指先をピクリと震わせた。唇を引き結び、暫く言葉を探した末に出てきた言葉は諭すような声だ。
「……島津くんは、もっと年の近い子と遊んだほうが良いと思うよ」
「先輩と遊ぶのは駄目なんですか?」
「大学生なんて人生で一番楽しい時間なんだから」
「いつもそう言いますよね、先輩」
 わかりやすく知也も唇を尖らせて、軽く不満をボヤいて見せる。彼女は眩しいものを見るように目を細め、知也に言った。
「きっとね、君も大人になればわかるよ」
「またそうやって誤魔化す! ……いいんです、僕は先輩と遊びたいんで」
 恐らくこの人は知也の純真な下心を信じていないのだ、年齢差を理由に。今はそれでもいい、と知也は本気で思っている。いつか彼女がそうして誤魔化せなくなる時が来るまで隣にいればいいと。
 話題を切り替えるように、知也は「話は変わるんですけど」とどこまでも柔らかく笑ってみせた。
「僕免許取ったんです」
「そう言えば前言ってたよね」
「なので、次はちょっと遠出しましょう!」
 知也は続けて目的地名を告げる。車で片道二時間ちょっとの、少しばかりアクセスの悪い美術館名とそこで最近始まった特別展の名前を。そして知也からのプレゼンをすこし。興味深げに彼女は知也の説明を聞き終わったあと「言っても、絶対行くって言うんでしょ」とやれやれと言いたげに口にする。
 今日一番の笑顔を見せながら、知也は首を傾げてみせた。
「嫌でした?」
「……嫌ではないよ」
 視線は合わせぬまま、彼女はポツリと言った。ためらいがちな響きの意味には踏み込まず、知也は「じゃあ決まりですね!」と快活に言った。
 そうしてスケジュールの確認をして、時計を見ればそれなりの時間が経っていた。すっかりグラスも空になり、高かった日差しも傾いてきている。
 会計を終わらせて、二人で並んで帰路につく。最寄り駅までいけば、別々の路線だ。知也は駅に着く前にと、彼女のダスティブルーのワンピースを見て口を開いた。
「先輩、この後時間ありますか?」
「まあ……どこか見たいところでも?」
「先輩の服見に行きたいです」
「君ねぇ」
 彼女は口をつぐみ、何かを言いたげに眉根を寄せて知也を見た。知也が何も気にせずケロリとしたままなのを見て彼女は唇を動かした。
「本当に、わたしじゃなければ勘違いされているよ」
「先輩にしかしてませんってば」
 大げさにため息をついてみせる彼女に、知也は笑うばかりだった。
 彼女は「まあ、いつもお世話になっているし」とそっと唇に言葉を乗せる。
「島津くんの服も一つ、買ってあげよう」
「……先輩、選んでくれるんですか?」 
「え? わたしより自分で選んだほうが、良いんじゃ」
「先輩に選んでほしいです!」
 知也の言葉に彼女は心なしか押されながら「後悔しないでね」と呟き、駅に向かって二人は歩いていく。道中なんてことない話を交わしていればすぐに着いてしまった。そのままそれぞれの帰り道ではなく銀座行きの電車に乗る。
 電車の中で知也は、隣に立つ彼女をつい目で追ってしまっていた。
 彼女を彩るピアスのブルートパーズとダスティブルーのワンピース。どこか、「ゾフィ」が着ていたドレスを思い起こさせる色味に、それを彼女がまとっていることに、知也はそっとため息をついた。

(おわり)