タテガキ

1第一話 Only connect !

2026/06/26 20:00 公開

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 泥炭を溶かし込んだ水に茶褐色の輪郭が同化していく。並んだ白点だけが鮮やかに身を捩って深みに帰っていく姿を浮かび上がらせる。間隔が狭くなった心臓の音が頭の中にうるさく響いて「声」が遠いところを流れていくような感じがする。

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 膝上まで流れに浸かった左足にひやっとする感覚がある。ピンホールが「ピン」では済まない範囲になってきたみたいだ。このウェーダーも三年目かぁ、先月また値上がりしてたよな。ひとりだと高をくくって(そこそこの声量で)ボヤキながら流れの激しい区間を抜けると、ベストの胸元から、もはや聞きなれた声が鮮明に聞こえるようになった。スピーカー音量を最大にしたスマートフォンでも水音にかき消されがちだ。ちょうど話題が最近刊行された著書の話から時計の話に変わったせいか、声に張りが出て、川の中でもはっきりと聞こえるようになったのが可笑しくて、つい吹き出してしまった。川の蛇行の向こうに、耳を立ててこちらに意識を集中させている大きな黒い瞳が見える。いや、シカで良かった、本当に……。

 思い切って夏季休暇と有給休暇をくっつけて遅めの夏休みを一週間取って、北海道に釣りに来た三日目。昨夜、今をときめく小説家が(おそらく最近発売が公表された時計の話を中心に)ソーシャル・ネットで「ちょっとだけ」話をする予定とつぶやいていた。どうやら僕の地元に住んでいるらしい「先生」の話を、北海道の原野で腰まで水に浸かってリアルタイムで聴いている。不思議。実際のところ、千葉と北海道のこの地域では三十分くらいの時差がある。でも僕らは標準時に従って時計の針を合わせる。だから先生と、僕を含めて全国各地にいる読者の皆は、観念上の「同じ」時を共有している。そして、インターネットは一千キロ以上の距離をほとんどラグ無しに繋ぐことができる。
 ついとりとめなく話してしまう。まず僕の話をしなくては。いや、決して自己顕示欲ではない、はず……。先生の話をするためにも必要なはずだ。

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 千葉にある大学で園芸学を学んで、なんとか修士号を授与されて企業に就職した話はしたっけ。今年で二年目。もともと実際に造園をやりたいというのもあったし、地元で就職できたのはラッキー、くらいに思っていた。正直なところ、就職には夢はなかった。エリサーというか、三年目で年収一千万!みたいな価値観はしんどいし(だいたいそれって手取りなんだろうか)、たぶんそういう職場で僕は生きていけないだろう。だから地元で、手堅い、大き目の中小の、優良企業(それがイージーだとか、落ち着けるとかいうことにはならないんだけど、個人的な感覚として……)。でも思っていたよりずっと良かった。上司はバブル期入社の豪快な感じの人だけど「君には修士持ってる意味を会社で発揮してほしい」っていうのが第一声だった。言われてみれば修士号を持つ社員は、おそらく僕しかいない。そして、それは口先だけじゃなく、心からそう思って、働きやすいように心を砕いてくれている。あ、良い上司っているんだ。そういう感じ。
 でも「良い上司」は直属だけじゃなかった。この会社そのものもが偉大な意思によって統べられている、と気付くのにそう時間はかからなかった。管理職でも若い人の中には明確に社長に敬意を寄せる人がいるし、年長の役付きの方々は、なんにしても三代目だ、盛り立てよう、彼の良い意思があるならそれを広めよう、という気持ちがあると思う。
 チームがいくら小さくても、責任者のキャラクターで組織はいくらでも非人間的な環境になれる。それは嫌というほど過去三年間で知った。どこでとはいわないが。
 で、こういう社長評を知ったのは世界的な伝染病のアウトブレイク以降めっきり減ったという飲み会だとか、偶によくある残業の休憩に先輩たちや上司が話してくれるエピソードだとかそういう場所で、つまり会社のあちこちで言われていた。社長が役員・社員たちにどう思われているか、先輩の言葉を借りれば「知らないのは三代目だけ」。
 そういう環境のおかげで、二年目でも一週間の休暇を取ることができた。まあ申し訳程度に、と思って上司に済まなそうな顔をして見せたら「社長を見ろ!平社員一人が少しくらい休んでどうこうするような会社じゃないよ」ですって。社長には遠慮ないんだよね。最近さらに会社に来なくなったと言うし。

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 社長の出社頻度は正直なところ知らない。なぜって、会社は中小としては大きくて、平の僕が社長と接する機会はほとんどないから。数えてみたら三回だと思う。まず最初。入社試験の最終面接で審査員として三人が並んでいて、左右が誰だったのか緊張で思い出せないけど、真ん中は社長だった。でもその時は隣の、たしか人事部長(だったと思うけど)が質問している間、机の上で組んだ左手首に視線を落としていて、この人は話を聞いているのかなと思ったのだけは覚えている。
 次は昨春の入社式、大き目とはいえ新入社員は全員を登壇させても十分もかからないので、一人ひとりに社長が声をかける、みたいなことがあった。本当に簡単な、三、四通りくらいの言葉をローテーションするみたいな。何て言われたのかも思い出せない。
 その次はずっと印象的だった。用事があって午前に二時間の休みを取って、遅く出勤した日のエレベータ前。後から来た革底の靴音に「あ、これは重役だな」と思いながら開ボタンを押した僕の手首をちらっと見て「セイコー5か、良い時計だね」とほとんど独り言みたいに、彼は言った。えっ、今の一瞬で?
 学生の時に筆頭論文が出たお祝いをしようと思って、ずっと欲しかった機械式の時計を買った、当時は一万円を切っていた、いわば安物。はやり病の蔓延以来、世の中は色々と変わってずいぶん値上がりしたけど。良い時計、という基準もよくわからなかったし。時計のことはまったく知らない僕が名前だけは聞いたことがあるような高級時計を、それこそ同じ時計をつけている日がない、と誇張抜きに秘書課が噂している社長が?

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 先生は、いや社長は、他人に期待しないように自己を抑制している人のように見えた。でも、スペースで自分の趣味を全開にして時計の話をするときだけは、皆と喜びを共有しようという自我が顔を覗かせる、そういう風に見えていた。だからこそ、僕は今、北海道にいるし、同志達は日本各地にいてネットを介して繋がっている。こんな繋がりを作ろうというのが、誰からも影響されず誰にも影響を与えたくない、そういう拒絶の気配を感じさせる人の行為として彼の中でせめぎあっている気がする。それは喜ぶべきことなのかなとも思っている。少なくとも僕は、人は繋がりの中で生きるべきだと思うから……。