タテガキ

1一滴の葡萄酒と大きな波紋

2026/04/10 16:51 公開

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 私の生まれたサンテネリ共和国に、異世界からの使節団がやってきたのは正暦二〇七五年のことでした。黒冊子が解読されていくらか経ち、大グロワスの精神の源である「日本国」とやらがどんなものであるのかということが世間では注目されていました。
えぇ、グロワス・ルロワの「地に落ちて死なずば」は若いころ読みましたよ。世間を騒然とさせた黒冊子の解読結果を、まさかルロワ家の人間が大胆な異世界ファンタジーとして描くなんて思ってみなかったですから。そうです。異世界ファンタジーだと思っていたわけです。世間のすべてがね。
ですから、唖然としましたよ。グロワス・ルロワが異世界の政府とコンタクトをとってその内容を本にまとめたと発表されたときは。しかも異世界の側では大グロワスの話が「汝、暗君を愛せよ」として刊行されていたというじゃないですか。CHKの大昔の大河ドラマをそのまんま異世界で販売するなんて、蛮勇の持ち主がいたものです。CHKは権利にうるさいことで有名なのにねぇ。
 それで、二〇七五年に異世界の使節団が来たわけですよ。こっちの世界の代表がユリス・レスパンでね、世界連合の会議室で向こうの代表と会見してね、中継をみんなで見てましたよ。いやいや、本当に盛り上がりましたね。テレビなんて時代遅れだと思っていたのにみんなでCHKを見てましたもの。

 問題はね、そのあとだったわけです。異世界からの贈り物の目録が読み上げられるわけですよ。向こうの歴史書。日本国憲法の写し。向こうのレスパンの伝記。みんな興味深かったですが、問題は最後のやつです。アルパカ千本。アルパカですよアルパカ。黒冊子に何度も出てくる「もふもふの友」ですよ。それを異世界から大量に持ってくると聞いていたのにたったの千本ですよ。異世界のやつらはこっちの人口を把握してなかったんじゃないですかね。百億の世界人口に千本でどうしろというのか。
 ネットは大いに荒れましたよ。それはもう激しく。一滴でもいいから飲ませろとね。そしたら翌日、日和った世界政府が騒ぎの種になるから博物館で保存するとかいったわけですよ。自分たちは会合で飲んでおいてね。

 それで、みんなで街に出ましたよ。最初は平和なデモだったんです。俺にもアルパカを飲ませろ、とね。それがいつの間にか気が立ってきてね、同志もなこが「ムーホンだ!」と叫んだわけです。そしたらくずもち博士がユニウスレーザーを世界連合議事堂に向けてぶっぱなしましてね。もうハチャメチャですよ。
 グロワス・ルロワやユリス・レスパンは使節団と一緒に異世界に逃げてね、もう二度と帰ってきませんでしたよ。それでサンテネリにまだ残っていた八〇一本のアルパカを管理するために人民会議が開かれましてね、えぇ、あとはご存じのとおりです。いつの間にやらビッグアルパカの統治する人民共和国になっていたわけです。
 
 え、ビッグアルパカの正体は異世界人じゃないか? ちょっと、あなたなに言っているんですか。私がそんなこと知っているわけないじゃないですか。本当ですよ。知らないんです。ただのアザラシ観測所で働いてる一市民にすぎませんよ。誰も聞いていない? 勘弁してください。これ以上の偉大な仕事は勘弁です。もう話すことはありませんからおかえりください。
 代用アルパカをお土産に持ってきてくださった? しかも党幹部の飲み残しが一%も入っている? そういうことは早くいってください。でも私は末端党員ですからね、噂話をちょっとするだけですよ。
 そうです、噂話です。ビッグアルパカが異世界で大グロワスの話を書い作家だなんていうのは、人民宮殿で掃除係をしていた時に聞いた噂にすぎませんよ。ほら、話しましたから早く代用アルパカをこっちに。

え、内務省の方からこられた? 破廉恥で怠惰な豚である罪で投獄? ちょっ、まっ、やめ……