第1話 王の帰還
2026/04/13 00:08 公開
ロックオン
全くユリスも大げさな
彼女とはそういう間柄ではないのだ。
確かに彼女との付き合いは長い。
10歳あたりの頃から知っているわけで知己とは言ってもいいだろう。
だが男女の仲かと言うとそれはどうだろうか
どちらかと言うと兄妹のそれに近いと思う。
グロワス9世校では私と同じ史学を学び父親譲りの知識と
女性ならではの視点から纏めるゾフィ・ガイユール女侯の論文は私でも目に見張る物があった
そんな彼女の父親は連邦共和国の人間である。
建国の時から大陸に住んでいる生え抜きで
初代大統領グレイスの家で執事として仕えていたらしい。
ほとんど身一つで渡ったグロワス14世の身の回りの品物や
所持品などを保護管理して
小ぶりな博物館まで作っている大の親サンテネリ連邦共和国人
実態は連邦屈指の歴史研究家の大学教授
そんなサンテネリ大好き教授を父に持つ
グローリア・バトラーが彼女の名前である。
連邦人の陽性で人懐っこい性格の彼女は大学でも人気で
友人も多い。
そんな彼女がなぜ自分のような面倒な男を慕って来るのか
それはわからない。
まだ彼女が大学はいる前の事
シュトロワ市内を案内したことがあった。
これでもルロワの名前を継ぐものなわけで
建物の由来やエピソード
その時代どう使われていたとかそういうのは詳しい。
なにせ記録の宝庫な実家があるわけで
一応人文学を修めている身としては祖先の歴史なんかもきっちり学んではいる。
その時代その時代を生きた人々の思いや継がれていった物なんか
それは結構熱っぽく語った気がする。
ふと気づくと彼女黙って自分の顔見つめてるんだ。
あっこれはやってしまったなと。
そんな話お父様の方が詳しいはずだし。
そんな知識を得意げに熱弁する30男というのはどうにも
きまりが悪い
「シュトロワの事本当に好きなんですね?」
いきなりそう尋ねられて驚いたものだ。
少し考え
「うん、好きだよ。シュトロワだけじゃなくサンテネリがね」
「ここで生まれて生きてきた、様々な歴史の先に自分がいる」
「偉大なことだよね」
そう、だからこそ
余計に自分の無力感矮小感が出てきてしまうんだ。
ルロワという貴族末裔
グロワス13世という英雄の末裔
偉大なる共和国の先駆けとなり不遇の時代を
耐え抜いた名君の血を引く自分
見られている
必要なのはその血統
それこそがコンプレックスの一端である。
わかっている。
周りはそんなこと気にしてはいない。
思い過ごしであろう。
だが…一度こびりつくとなかなか離れない
グローリアが見ているのもそんな自分の一面なんだと
心に言い聞かせていた。
でも状況は突然に動く
グローリアにプロポーズされたのだ。
私はひどく狼狽した。
私には何の力も名誉も無いとか
ルロワの取りまとめとかいいものではないぞと
必死に言い訳した。
だが返答は変わらなかった。
「私はルロワの血ではなく貴方自身を見ているのです」
「歴史と文化を楽しげに語るその貴方の横にいたいの」
と
困った
もう少しユリスの話をきちんと聞いていくべきだったか
だがあいつもそういう話は聞かないので有効な答えは返ってこないだろう。
それ以前に私はどうしたいのだろうか。
プロポーズを受けるか断るか…
結局の所その二択なのだが。
私は保留を選んでしまった。
早々に答えは返すと約束してその日は別れた。
去り際の残念そうな顔と
「諦めません」
と言う台詞を残して
翌日、頭を抱えている自分にグローリアの父親から連絡が来た。
先方は私と会って話がしたいそうで
私は震えた。
入ったらショットガンを持った教授に出迎えられるのではなかろうかと。
誓ってもいいがそういう関係ではないしまして体の関係なんてもってのほかである。
逆に娘のプロポーズを保留した事に対する怒りだろうか…
ぐるぐる周る思考をねじ伏せつつ教授宅に向かう。
恐る恐る呼び鈴を鳴らすと出迎えてくれたのは教授本人だった。
もちろんショットガンもなければ怒りや不満でもなく
朗らかないつも教授だった。
部屋の中に招かれ椅子をすすめられる。
雑然と積み上げられた資料や論文は教授の研究の深さを
知らせる物だった。
席に落ち着いて話が始まる。
「今日はね、君に見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの?」
「うん……あぁ娘の件とは関係は……無いとは言えないんだけど」
そう言うと鍵付きの引き出しから一つ古ぼけた箱を持ってくる
そして私の前にそっと置くと
「中身を見てほしい」
念のため古い資料を見るための白手袋をつけ
そっと箱を開けるとそこには箱と書籍らしき物
いくつかの紙片を束ねた物が入っている
その中から一番上の長方形の箱を取り出して見る
そこにあるサインを読む
アブラム・ブラーグ
初代ブラーグの銘だ
つまりこの箱は時計の箱だ。
私の脳内に一つ繋がるものがある。
ただのブラーグ時計ならこんな慎重な出し方はしないだろう。
貴重品ではあるがそこそこ数は出回っている。
箱書きを見てひらめきは確信に変わる。
彼の時計になら絶対あるナンバーが無い
そして箱には消えそうな文字でこう記してあった
グロワスグロー
震える手を抑えつつ時計の箱を開けると
柔らかそうな布地に横たえられた大柄な文字盤が見える
下部にタルビロンがのぞき金無垢のケースが鈍く光る。
実物をみたことがないがこれは間違いなくグロワスグローであろう。
逸失したと言われている幻のブラーグ1
バンドだけは布が使われ留め具もいかにも手製と言わんばかりな粗末な金属が使われている。
「これを……いったいどこで?」
グロワスグローは14世が新大陸に渡って以降完全に行方不明になっていたはずだ。
流浪王で語られているようなアニェス公女に渡ったという事実もない。
国内貴族が持っていたのならばその動向は間違いなく把握できる。
「さて…どこから話したものかな」
そう言うと断りを入れた後おもむろに葉巻を手に取り
吸い口を切る。
窓際まで歩いていきマッチで火をつけ燻らせると
静かに語り始める。
「うちの祖先がグレイス大統領の執事をしていたというのは知っているね?」
「執事と言えば聞こえはいいが当時のグレイス家の事を考えるといいところ下男頭といった所でね」
苛烈な税の取り立てと厳しい暮らし向きを考えれば優雅な生活とはほど遠いのは想像に容易いことだった。
「それでご先祖には一人娘がいたんだ。」
「その娘は、大陸から王となる為に渡って来た一人の男の身の回りの世話係となった」
そこで言葉を一回切り葉巻をいっぱいに吸い込む
次に紡ぐ言葉を溜め込むように
そして吐き出す
「おそらくはそこで二人は恋仲になった」
「サラスの戦いの前に娘は時計を預かった……受け継いで欲しいという言葉と共に」
教授はとんでもない爆弾を投げ込んできた。
グロワス14世に跡継ぎがいた?
その相手が世話係の下女?
そしてその子孫と消えたグロワスグローが目の前にある/いる
スキャンダルと歴史的大発見が同時に発生した。
「ちょっと待ってください…それは失礼ながら事実なんですか?こう……証拠というか…そういうのは」
「当然の反応だと思う。もちろん状況証拠が多い。だが…その箱にはもう一つ大切な物が入ってるんだ」
確かに木箱の下には古い本が入っている。
「中を見ても?」
教授に確認を取ると無言で頷く
ページを慎重にめくるとたどたどしい幼稚な文字がのた打ち回るように文を綴っている。
これは…その侍女つまり教授の祖先の日記か…
文字は日を追うごとに上手くなっていき知性を感じさせる内容になっていく。
日付も当然のものでありインクも相応に褪せているが
内容はしっかり読める。
中にはグロワス14世に対する信頼
14世の日常
楽しかった事
文字を習った事
優しかった事
なんでもないことが綴られている。
ある日を境に身分違いの苦しみと
それを気にしない14世とその周りとのギャップに苦しむ内容が続き
そして…
14世から時計を渡され……その時計に込められた想いが書き留められていた
そしてしばらく日記は途絶える。
1年後再開された日記には子供を育てる旨
父親を明かさず育てる覚悟などが書かれていた。
そして最後のページ
時計が手元に戻ってくる喜びで日記は終わっている。
「この時計はね、先祖代々この日記と共に受け継がれてきたものだ」
「歴代の当主も私も……これを世に出す事が出来なかった」
「そして時計を返却することもね」
「その時計を返却するとなれば絶対にその入手手段は問われてしまうから」
「それだけ重いのだよ……この時計は…」
ゆっくり葉巻を揉み消すと椅子に戻りまた正面に座る教授
「私の娘がね……君と仲良くなったのは本当に偶然だ……私はね、ついに一族の悲願を叶えられる日が来るんじゃないかと内心楽しみにしていたんだ」
「それは時期を間違えれば押し付けにもなりうる。慎重に状況を見守る必要もあったんだ」
「だがそうこうしているうちに娘はプロポーズに及んでしまった」
「だから今が最後のチャンスだったんだ……」
「君がプロポーズを受けてくれるにせよ断るにせよね……」
「卑怯と言われても何と言われても構わないが……私はこの時計を君に受け継いで欲しいと思っている」
「その上で娘への返答は……君の自由にしてほしい」
そう言うと教授は深々と頭を下げた。
「頭を上げてください教授……」
胸には感動が溢れ、不思議な満足感で満たされていた。
ある意味で追い出してしまった王が今、帰ってこようとしている。
私の祖先が……
それは長い長い一つの物語の終焉だった。
「確かにグロワスグローはお預かりします」
「教授の一族は今までこの事をずっと秘して語らなかった。私もその意思を継ごうと思います。」
そう言うと
「ありがとうグロワス・ルロワ殿これで私の心残りも一つ片付いた」
すっきりとした顔つきの教授はもう一つ話を持ち出してきた
「実はね、グロワス君。私は一つここから人生最後の仕事を始めようと思うんだ」
「え?」
教授はそこまでの高齢ではないがどういう事か
「大サンテネリ史の編纂…まぁつまりほとんどルロワ史とも言える本をね……作りたいんだ」
実のところ各世代や人ごと地方の歴史書というのはもうある。
だがそれを一つにまとめた物というのはない。
諸民族のうねりから始まる歴史は長く複雑で私とて把握しきれているとはとても言い難い。
「おそらくは私の残りの人生では完成出来ない」
そう、5年10年で作れるものではないだろう。
「ではなぜ…それを…そして私に?」
「君が継いでくれると信じて……だ」
それはとても重い話だった。
「君と私の娘に託したい」
グローリアはこの話を乗るだろうか…いや乗るだろう。
彼女はハードルが高ければよじ登ろうという気骨の持ち主だ
「実の所娘にはこっちは話してみたんだ。それが今回の君への求婚に繋がったんだろうと私は推測している」
なんとまぁ…そう言う事情があったのか
「それじゃ……自分に選択肢が無いじゃないですか……」
ロックオンどころの騒ぎではない。
チェックメイトだ
「すまんね……私は歴史も娘も愛してるんだ」
選択肢がなく巻き込まれるこの状況
通常なら嫌悪感でいっぱいになることだろう。
だが私の心は、そうならなかった。
この目の前にあるグロワスグローを継いだ事
そして、やはりグローリアを悪くは思っていなかった事
私の偏屈な心は完全に詰んでいた……綺麗に
「今日の所はお話だけお聞きしておきます。ただ前向きなご返答はできると思います」
「あぁ……ありがとうグロワス君。色々楽しみにしているよ」
そう言うと教授は過去一番の笑顔を見せたのだった。
別の日、私はグローリアを呼び出した。
不安そうな顔で私の前に現れた彼女に自分はプロポーズを受ける件と教授から大サンテネリ史の話を聞いた旨を話した。
満面の笑みを浮かべながら泣き出した彼女を大変な思いをしながら落ち着けた。
預かったグロワスグローは少し考えた末に一人の人間を思い出した。
現ブラーグ社社長である。
ブラーグ社がグロワス13世をモチーフにしたクラシックな機械式時計を作りイメージアップ戦略を取り始めて以来ルロワ閥の私とブラーグ社は良好な関係を築いていた。
私は社長にグロワスグローを見せた。
社長は狂喜し時計を何度も見つめ歓声を上げた。
そして当然のように出所を聞いて来た。
私は盗品ではない事だけを伝え詳細は黙した。
時計を預ける条件として一切の入手にまつわる内容を聞かない取材も受けない発表もしない
盛大なキャンペーンは打たないで欲しい事を告げた
社長は苦悶の表情を浮かべていた。
それはそうだろう。絶好の儲け話の種を捨てろと言っているような物だからだ。
だから私は素直に心の内を広げた。
「苦悩と苦労の末ようやく帰ってきた王を……静かに迎えたいのだ」
と
社長はそれを聞いて諦めたように笑い
了承してくれた。
ブラーグの技術力を結集してこれをオーバーホールし
しかるべき場所に飾る約束をしてくれた。
2年後、ブラーグ時計博物館に小さなお知らせが提示された。
「王の帰還」
とだけ書かれたお知らせはとても歴史的遺物の展示開始のお知らせとは思えなかった。
グロワス13世のブラーグ腕時計「名君の証」
アナリゼ王妃の小ぶりなブラーグ腕時計「王妃の証」
その間の少し下にひっそりとグロワス14世・1世の
「王の証」は飾られた。
傷や凹みはそのままに
そして不釣り合いに粗末なベルトや留め具もそのままだった。
周りには他のロワイユ・グローエ達の時計や子供達の愛用の時計も飾られた
300年ぶりの家族の再会だった。
私はその展示を妻と一緒に見に行った。
王宮にて勢揃いし、静謐ながら豪華な宮殿の様子を空想しつつ妻と楽しい時間を過ごせた。
ブラーグ社長は約束を守り一切の取材も許さず出所も明かさなかった。
2090年代末
我が家でささやかなパーティーが開かれていた。
妻と子供と孫だけの小さなパーティーだ
私と妻はやり遂げたのだ。
「〜大サンテネリ史〜ルロワ年代史」
巻末には2人の名前が記されている
我が祖先達
父母達に敬意と賛辞を
グロワス・ルロワ
グローリア・ルロワ